クルディスタンを巡る(後編)

chaptertwo/ 10 25, 2018/ Hiro Blog

9月25日

昨晩は疲れていたにも関わらずヘビーな話が頭から離れず寝つきが悪かった。

朝はのんびりと寝ようと思っていたが、宿のホストが朝食を用意してくれたと起こしに来てくれたので折角なのでありがたくご一緒することにした。

今日の宿もクルド人のお宅だ。

言語学者の彼は国際経験も豊富で多角的な視点から物事を話す秀才だった。朝食をとりながらたくさん話をした。

トルコのこと、クルドのこと、自分たちの歴史のこと、戦争のこと。

僕が日本の歴史の話をする際「日本は戦争に負けたから・・・」という話をした。彼はそれを聞いて「言っていいのかわからないが羨ましい」と続けた。ドイツも日本も戦争に負けたと言う。負けてゼロになったから発展したんじゃないか。

トルコ、中東を見てくれ。“負け”がどこにもないんだ。複雑に絡んで本質がわからない。誰に怒りが向いているのかすら国際社会は理解できない。

クルディスタンにアイデンティティ、誇りを持つが認められていない国。 人達の感情も縺れている一方で溢れんばかりの他人への愛情。

この矛盾をどのように受け止めたら良いのか。複雑な気持ちになった。

言語学者のマホメットさんと朝のひととき

その後チグリス川のほとりでチャイを飲み、猫と戯れゆっくり時間を過ごした。

夜昨日のエシレフさんと合流した。彼はなんと僕の夜行バスのチケットまで抑えていてくれた。そしてバス停まで送ってくれた。

何度もトルコ語が出来ない外国人の友達が乗っているから着いたら教えてやってくれと複数人周りに確認してくれた。そしてバスがターミナルを去る最後の最後まで手を振って送り出してくれた。

最後に一緒にご飯を食べながら彼に「正直、ここに住むの怖くないのか」と聞いてみた。

「怖くない。受け入れてるよ、生まれた時から。だってこれが自分の人生だから」と笑っていた。

バスターミナルから見送ってくれたエシレスと再会を約束しお別れ

9月26日

昨日あまり寝ていないにも関わらず、この日も興奮してバスはなかなか眠れなかった。

ディヤルバクルから出発するバスは検問が多い。3度バスが止まって検問を通る。

そこで身分証が回収され、数名が外で尋問を受ける。

1回目の検問で僕はパスポートを出すと見せるだけで渡さずOKだと回収に来た警察官にジェスチャーされた。

ところがその後外へ出された。尋問所へ行くと背筋が凍りついた。

尋問の警官が瞬きもせずこちらを凝視し、銃口をこちらに向け引金に指をかけている。

え?本物?と当たり前だがそう咄嗟に思った自分が平和ボケした日本人だとつくづく思いつつ、あらかじめ出しておいたパスポートを見せると謝罪され直ぐにバスに戻された。背後には身分証を回収に来た警官が怒鳴られていた。どうやら密入国したアフガニスタン人だと勘違いされたれたらしい

実は滞在中何度もアフガニスタン人かと聞かれた。どうやらハザラ人というアフガニスタンの部族が僕たちと同じ系統の顔をしており、ペルシャ語を話すことからアフガンから逃れイランへ入国する際、トルコへ密入国しているようでそのハザラ人と勘違いされたようだ

そもそもわかりやすいバスに密入国して乗るわけないだろうと思いつつ、銃口を向けられた興奮はなかなか収まらなかった。

 

早朝5時、エシレフ氏の言いつけ通りバスドライバーと隣のおじさま、横の女性から3人に事前に一人ひとりに何度も起こされたおかげで目的地のドゥバズヤットへ到着したころには完全に目覚めていた。

降りたのは僕一人だけ。ここは本当に目的地なのかという不安を目の前に薄暗いバスターミナルの脇からズドンと浮き出た大きな山の姿がかき消した。

突然姿をあらわすアール山

イランの国境に位置し、シンボルであるアール山は旧約聖書のノアの箱舟が流れ着いた場所という伝説から命名されている。

バスターミナルから徒歩で15分、今晩予約してあるホテルに着いた。名前はテヘランホテル。

ドアを開けるとなんとホテルのオーナーがまだ朝6時前なのにも関わらず起きて待っていてくれた。事前に早朝に着くと連絡していたがまさかこんな時間に起きていてくれるとは驚きだった。

オーナーは来日経験もある大の親日家。日本を旅した時のことを嬉しそうに話しをしてくれた。「昔はドゥバズヤットにたくさんの日本人はじめ旅行者が来てくれてたが今は全く旅行者がこない。全盛期だったころは50棟までホテルを広げたこともあったが、、今はイラン人ビジネスマンをターゲットにビジネスホテルとして運営しているから旅行者がくると思って嬉しくて起きていたんだ」と話しながらコーヒーを淹れてくれた。

オーナーは到着日にも関わらず朝ごはんのバイキングをおごってくれ、さらにチェックインまで時間があるからとタクシーをチャーターしてくれ、ゴリゴリにドライバーと交渉してくれた。

テヘランホテルオーナーさん

タクシー運転手は今も昔ながらの生活を続けるクルド村出身のおじさん。常に超ご機嫌で行く場所どこでも自分の写真を撮ってくれという注文がある。行く先々でのはしゃぎ方がだだの子供。

言葉が全く通じないがトルコ語かクルド語でガイドをずっとしてくれる。あまりにはしゃぐので初めてかと聞くと100回以上来てる地元だからという返答。意味が分からない。

観光スポットをいくつか回ったがどこへ行ったというより彼と過ごした時間が嬉しかった。おやつにおじさん自家製の人参をもらい生人参を齧りながら車で歌ったクルドの歌は忘れない。

おじさんもテンションが上がりっぱなしでお別れをした。

遅めの昼食とったあと、ホテルへ戻るとさっきのタクシーのおじさんがホテルで待っていた。どうやらお金をもらうのを忘れていたという。そういえば僕も払った記憶がない。

どうやらクルド人のおもてなしの精神は商売を忘れてしまうらしい

イサクパシャから見た景色 異世界のよう

ノアの箱舟が流れ着いたと言われる場所でおじさんの写真撮影タイム

最後は景色もないのに仕事してる自分を撮ってくれ!とよくわからないおじさん

街を歩くとここでも必ず声を掛けられる。ディヤルバクルでも時々経験したがここでも何度も「アフガニスタン人か?」と聞かれる。ここドゥバズヤットはイランへ密入国するときの玄関口となっているからだと後で知った。

ホテルへ帰ると程よい疲労から泥のような眠りについた。

9月27日

もはや聞き慣れたアザーンで目が覚めた。

ホテルの朝食を朝焼け美しいアール山を屋上から見ながら取り、出発の時刻が来た。オーナーに別れを告げ旅の最終地ヴァンへの旅路についた。

乗合バスに乗り雄大な山々を駆け抜けること2時間。

ターコイズブルーに輝くヴァン湖のほとりに位置し、山と湖に囲まれた穏やかな街。夜ふけのモスクがとても綺麗だった。

美しい夜更けのモスク

夜歩いているとバーらしき場所を見つけたので入ることにした。アルメニアビールを注文し飲んでいると横のおじさん2人にこちらへどうぞと当たり前のように彼等のテーブルへ招き入れられた。なんかどこかで記憶にある光景だ。

彼等に「あなたはトルコ人か。クルド人か。」と尋ねると「もちろん全員クルド人だ!おい!日本人がクルド人かと聞いたぞ!と喜び何故か店の音楽を全て日本の音楽に無理やり交渉し変えた。JAZZバーとして運営している店に邦楽をかけるなど営業妨害もいいところだ。サザンオールスターズと長渕剛が流れるトルコ南東部の街、ヴァンのジャズバーという突っ込みどころ満載のバーで彼らの異国の地、日本の話を興味深そうに聞いてくれた。

最近アジアへ行くと日本の存在感のあまりのなさに危機感を覚えることが少なくないが、親日といわれるトルコは日本のイメージは飛びぬけて最先端の国と思っている人が多い印象を受ける。

バーで出会った二人

酒が進むにつれどんどん上機嫌になり、「この後自分の家にこい!!つまらないホテル辞めてうちに泊まって行けよ!」とクルド人に会うと必ず言うセリフを仕切りに言っていた彼。ところがビール5本目で目の前でマンガのように酔いつぶれた。こうなるとどうしようもないキャラクターのようで、相方に抱えられ今日はお開きにすることになった。

お会計の時、明らかに金額が少ないので指摘するとバーのオーナーが「日本から来たから半額でいいよ。」と迷惑な客だったはずの僕に半分おごってくれた。

ヴァンの街が一気に好きになる。街の印象とは何を見たかより、誰に会ったかの経験で決まるものだ。

優しいマスター

良いお店だった

9月28日

乗合バスに乗り湖のほとり、ヴァン城へと向かう。

向かう途中、「お~い!韓国人か!」と声を掛けられ思わず「おう!!!!そうだぜ!!」と言ってしまいそうなほど久しぶりの感覚。

ヴァン城へ上るとヴァン湖、そして街並みが見渡せまさに絶景だった。仕事が相当適当な門番とチャイを飲みながらまさに適当な会話をしていると夕方になっていた。

ヴァン城からの景色

ターコイズブルーの神秘の湖ヴァン湖

ヴァンで有名なオッドアイの猫を見ようとドルムシュ(乗合バス)に乗り大学へと向かう。

中途半端に都会の街のドルムシュは難しい。

都会は行き先が書いてあるので乗り込み、いっぱいになると出発するが、田舎はそもそも一杯にならないので、大体の方角のドルムシュに適当に乗り、適当に降りる。田舎では英語を話す人間が皆無に近いのでトルコ、クルド語が話せない外国人はかなり苦労する。

大学行きのバスに乗ったはずだったが、気づくと15kmも離れた違う場所にいた。言葉の通じないドルムシュスタッフと周りに乗っているお客さんがなんとかしてくれようとしているようだが、言葉が全く分からない。

結果郊外まで来たのでと、運転手とドルムシュスタッフ、お客さんが郊外の街(昔ながらのクルド人の集落)を助手席に乗せガイドして回ってくれた。例のごとく言葉はわからないがとにかく楽しい。

仕事は良いのかと疑問に思いつつ、1時間ほど周る。

そして降車の際、なんとお会計が終わっていた。乗合のお客さんの誰かが僕の代金を一緒に払ってくれていたのだ。

思わぬ優しさに、涙がこみ上げた。

結局目的地にはつけなかったが、このような経験を何度トルコで経験したか。

この受けたやさしさを他の誰かにもつなげよう。

ドルムシュスタッフはホスピタリティーの塊

9月29日

ヴァンを飛び立ちイスタンブールのマイホームへと戻る。

夜更けのタクシム広場を抜け、生臭い路地を通り部屋へ戻ると「おかえり!!」と安心の顔が迎え入れてくれた。

夜遅くなったにも関わらずご飯を用意して待っていてくれた。

今回はいつものスパイダーマンの他に新キャラ住人、ベンジャミンバトンもいた。

何人リビングで生活しているのか驚き聞くとレギュラーはファティー、スパイダーマン、そしてこのベンジャミンバトンの合計3名だそうだ。
彼は先日訪れたドゥバズヤット出身。クルド人でありながら政治ジャーナリストとして活躍しており英語も堪能。

年齢は僕と同じ年だが、昔からかなり老けた顔をしておりこの年でその顔面だから今後若返るしかないだろうという意味でベンジャミンバトンという喜劇的かつハイセンスなニックネームをつけられている。本名はディーノというらしいがもはや頭に入らなかった。

料理中のベンジャミンバトン

ベンジャミンバトンの作る料理は今回の旅の中でも一番と言っても過言ではないおいしい料理だった。米をスティッキーに炊き、チキンの味付けも最高だった。

今回の東側の旅をCIWANとも電話でつなぎながら、東であった出来事を沢山話した。

出会ったクルド達に沢山助けてもらい、そして驚くほどおごってもらった話をすると笑いながら「それがクルド人なんだ」と嬉しそうだった。

久しぶりの言語の通じる人との会話に少し興奮したのか、夜遅くまで話は尽きなかった。

9月30日

トルコ最終日。今日は日曜日。

スパイダーマンとベンジャミンバトンも今日は休みなのでゆっくりと目覚め、二人とユスキュダルまで散歩をした。

3人でユスキュダルへ

クルド人であり、政治ジャーナリストとかなりリスキーな仕事をしているベンジャミンバトン。政治情報を英語、トルコ語、クルド語の3言語で配信している。

一つ間違えると投獄の危険が常にある中、信念を曲げずに発信する彼の生きざまは男してかっこよく、心の底から尊敬した。

たくさんの知り合いが投獄されているそうだ。

散歩しながらたくさんの話を聞いた。シリアスにトルコの現状について話をしている最中、スパイダーマンは「ねえねえ!この実食べれるかなぁ~?」とその辺になっている実をいちいち持ってきてベンジャミンバトンに馬鹿みたいに聞きに来る。

「うるさい。知るか!今大事な話してんだ!」とその都度怒られる。

30歳を超えたおっさんがへんな実を何度も持ってきて怒られている姿は腹がよじれるかと思うくらい笑った。

チャイを3人で飲みながら日本の話をした。

日本はいいな~と言ってくれた。尊敬していると言ってくれた。彼らの尊敬してくれている”日本”は本当に今の日本なのだろうか。彼らの思う日本像に見合う日本人に自分はなれているのだろうか。

お買い物をして帰り、ベンジャミンバトンの手料理の彼らのソウルフードの小魚のフリットが今回の旅最後の晩餐となった。

お礼に送ったビールを飲みながら、二人との会話は尽きず終わってほしくない夜が更けた。

ベンジャミンバトン式山盛りのフリット

10月1日

朝5時頃だろうか。外が騒がしくて目がさめた。

瓶の割れる音と、叫んでいる女性の声がした。窓をあけて外をみると30名くらいの男女が全員で殴り合いの喧嘩をしている。周りも窓を開け皆が見ている。

紛争を見ているようだった。しばらくして警官が来て騒ぎは収まった。

トルコはリラの暴落が原因で生活必需品が3倍~4倍に上がり市民の生活を圧迫している。

旅行中、何度も同じ話を聞いたし、実際に血だらけの路地を何度か見た。ベンジャミンバトンに聞くと喧嘩は元から日常だが、最近は特に多いそうだ。

生活がひっ迫してくるとストレスがたまり、国民の生活が乱れる。トルコでまさに起こっている現象だ。今後治安はますます悪化してしまうのだろか。

「0.5リラだったティッシュが2リラもするんだ。買えるかそんな高級ティッシュ!」スパイダーマンが吐き捨てるように言った。(意訳)

チャイを飲んでいるとすぐに飛行機の時間が迫ってきた。

とうとう帰る日が来た。マイホームから二人が「さよなら~」を手を振る。

みんなで記念撮影

帰りの地下鉄でガラタ橋から見える絶景の市内を見ながら、ここで出会った人達の顔が頭によぎる。

あの人達がどうか幸せでいられますように。

トルコの優しさ、奥底に色濃く潜む暗いく入り組んだ闇に触れた今、もはや他人事、対岸の火事ではないと感じる。

飛行機離陸前CIWANからメッセージが来た。

「We were so happy to spend time with you. Do not forget you have a home and Kurdish friends here. Have a safe flight. Spas.」

唯一覚えたクルド語Spas=ありがとう。

本当にありがとう。

終わり